ミサイル探査レーダー&迎撃ミサイル基地
イージス・アショアの秋田市配備を考えるサイト
TAAA : Think Aegis Ashore - Ballistic Missile Defense System - in Akita !

戦後70年間、平和憲法が日本政府の暴走を抑止したおかげで、日本は戦場とならずにすみましたが、世界では米国主導による残虐な戦争が数多く行われてきました。非人道的な原爆を使い、枯葉剤によりベトナムの人々を苦しめ、存在しない大量破壊兵器を理由にイラク国家を崩壊させた米国は、その本質を変えずに今も存在します。

北朝鮮や中国、ロシアが「脅威だ」と煽られていますが、それらの国々が、日本や世界に対して、米国ほどの非人道を働いたでしょうか。本当の脅威は米国であり、だからこそ、その傘下にいたい、という屈折した親米論もあるかもしれません。しかし、行き過ぎた対米従属は、日本の領土を破壊し(辺野古)、日本国民の生存権をおびやかし(イージス・アショア)つつあります

現在、集団的自衛権の行使容認により、米国が関係するあらゆる戦争に日本が参加する可能性が現れました。米国の敵対国が即、日本の敵対国になる事態です。中国、ロシアを相手とした防衛力が日本にも求められる、と戦争準備はエスカレートするでしょう。その先に平和はありません。

「我が国は戦争をしない!」と宣言し行動すれば、戦後70年がそうであったように、戦争に巻き込まれるリスクは下げられます。私論:日本が平和な国となるシナリオ

イージスアショアが無ければ、少なくとも、米国のために日本が標的になることはありません。また、イージスアショアでは東京に向かうミサイルを迎撃できない(日本の都市を防衛できない)ということに、もっと真剣に向き合うべきではありませんか。

「国防のために必要」

「国防のために必要」は、「国防(全体)のためには、一部の地域が破壊されたり、いくらかの人間が死傷しても、やむを得ない」という考えをあいまいに表現したものです。多くの国民が「国防のために必要なら」で思考停止しているのは、[首都圏、政府機能、自分自身と我が家の周辺]が守られるなら、どこかが、だれかが犠牲になるのは仕方がない、ことを容認しているからです。

米軍基地、自衛隊基地、原発、産廃処理施設などの迷惑施設が自宅の周辺にできるとなったら、もちろん反対するし、だから反対運動する人たちの気持ちはよくわかるけれど、「どこかが受け入れなければならないものなら仕方ない」で思考停止するのが常識的。運の悪さで片づけられます。

イージス・アショアは地元住民に健康被害がある、地元が攻撃対象(標的になる)、と言われても、国防の観点から、それらは中止の理由にはならない。当事者には気の毒だけど、しかたないだろう、と考える人も多いのではないでしょうか。

この問題について、これほど調べなければ、私も上記の考えでストップしていたと思います。しかし、いろいろ調べてみて、国防常識では片づけられない深刻な問題があることがわかりました。新屋のイージスアショア計画は、国防常識からみても、世界の事例からみても、異常です。他の自衛隊基地と同列に考えてすむものではありません。
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「国防のために必要」に反論

【容認論】イージス・アショアはルーマニア、ポーランド、ハワイにも配備されている普通の防衛兵器だ、日本だけ要らない、とは言えない。

【反論】レーダー&ミサイル基地は敵の攻撃対象になるのは当然だから、周辺3~4㎞圏に緩衝地帯を設け、建築制限を設けるのは常識であり、ルーマニア、ポーランド、ハワイ、山口の配備(予定)地には、周辺3㎞圏に住宅密集地がない。万一、複数弾頭からなる核攻撃を受けても、被害は極小ですむ。しかし秋田市新屋の配備予定地は、3キロ圏内に県庁、市役所、市立秋田総合病院などがあるため、軍事拠点の適地ではない

【容認論】自衛隊基地、米軍基地は日本中にたくさんある。秋田にだけダメ、とは言えない。

【反論】日本各地に自衛隊基地があるが、攻撃能力をもつ迎撃ミサイルの配備は、秋田と山口のイージス・アショアが日本で初めてとなる(2019/2/27 衆議院 寺田議員の質疑で判明)。その意味で、他の自衛隊基地と同列ではない。日本の国防戦略上の大転換であり、国会でもっと議論が必要である

【容認論】地元は反対しているけれど、今後、補償や交付金の話が出れば、結局受け入れるだろう。

【反論】国内の米軍基地や自衛隊基地は、戦時に「もしかしたら何らかの攻撃の標的になるかもしれない」リスクがある。一方、イージスアショアは、開戦直後に、「必ず、複数からなる核攻撃の標的になる」リスクがある。

過去事例の無いほど大きなリスクを負うものであるから、危険度に応じた見舞金(交付金)は、他の軍事基地や原発の立地自治体をはるかに上回る、日本史上最高の規模となるべきであり、多少公共工事が増えるぐらいで応じるべきではない。

仮に交付金が投入されて自治体予算が膨れ上がったとしても、戦争不安が高まる中、このような危険な地域に住もうとする人々、事業を営もうとする企業が転出し、中央から人口減少が加速していったら県の未来はどうなるのか。

補助金、交付金は、「将来の被害に対する見舞金の前払い」である。自分の代だけ、任期中だけ無事であればいい、という考えは捨て、どれほど大きな負担を将来に残すことになるか、政治家、自治体の皆様には、必死に考えていただきたい。結局、中学校も高校も移転、度重なる避難訓練、核シェルターの建設、などが後から後から出てきて、秋田県民の期待を裏切ることになるのではないか・・・。

【容認論】現時点でも、自治体の自民党議員や若者の多くは配備に賛成している。

【反論】自民党議員が賛成しているのは・・・(以下省略)。

若者の多くが配備に賛成しているのは、「ミサイル攻撃から自分たちを守ってくれるための施設」だと信じているから。秋田市民は守られる側に入っていないが、それさえも「国防」という言葉にしびれて、容認する若者もいる。戦争を知らないとはこういうこと。

一般市民は、政策の決定という業務を、正当な報酬(税金)を払って、立法機関(市議会、県議会、国会)、行政機関(自治体、国)に委託している。その前提のもと、一般市民は、政治や国防の問題について、思考停止し、現実逃避し、日々穏やかに生活している。それだけに、市、市議会、県、県議会、政府、国会の責任は重大である。必ずしも明らかにされない「民意」をくみ取り、政策に反映させることは、政治家、公務員の責務である。

「イージス・アショア配備」の問題では、立法機関、行政機関が期待された仕事をしていないため、市民、県民から多くの反対意見が陳情や要望として出されている。政治家、公務員は、ご自身の任期中、存命中に事故がなければいい、という考えを捨て、配備賛成ならば「安全安心」の根拠を示すか、あるいは、「有事の際は国のために死んでください」と県民に懇願をするなど、現実的な行動によってご自身の責任を果たしていただきたい。

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